季刊山元塾 2008秋号 第2部~「軍部の台頭について」
第1部の続きです。
第1部で述べた植民地政策から太平洋戦争までに時間があるのは、その間に「大正デモクラシー」があったからです。
国民生活に直接関わることで言えば、軍拡よりも民間活力の増大に力を入れた時期が「大正デモクラシー」(=政党内閣時代)でした。
民間活力の増大に力を入れることはとてもいいことです。
でもいいことが続かずに、なぜ再度軍部の台頭を許したのか?
その答えは政党内閣の経済政策が失敗をし、絶望した国民が政党内閣の経済政策より実現性がありそうに見えた軍部の経済政策を支持したことが背景にあります。
政党内閣の経済政策が失敗した理由は、一言で言えば、旧式の経済システムに固執したことです。
勇気を持って新しい経済システムを導入するための構造改革ができなかったわけです。
それでは、変化する経済に対応はできません。
経済の変化に対応できないということは、「貧乏クジ」を引き、経済が悪化するということです。
また、軍部の経済政策を国民が実現できそうだと判断したと表現したのは、国民の経済に対する無理解から国民が誤った判断を下してしまったからです。
「ブロック経済」政策は強力な親分が子分に手を出す外国製品を追っ払う力と、子分を取られない強い影響力が必要です。
